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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)2863号 判決 1980年2月25日

原告 技研株式会社(旧商号 技研工業株式会社)

右代表者代表取締役 丹羽隆

右訴訟代理人弁護士 雨宮正彦

被告 甲斐隆敏

被告 岩崎徳治

被告 有限会社岩崎耐熱化学研究所

右代表者代表取締役 岩崎徳治

右被告ら三名訴訟代理人弁護士 松田奎吾

同 築尾晃治

右被告ら三名訴訟復代理人弁護士 鈴木重文

主文

一  原告に対し

1  被告岩崎徳治、同甲斐隆敏は各自金六〇〇〇万円及びこれに対する昭和四八年一二月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告有限会社岩崎耐熱化学研究所は金四〇〇〇万円及びこれに対する昭和四八年一二月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告岩崎及び同甲斐に対する請求

(一) 被告岩崎徳治、同甲斐隆敏の共同不法行為

被告岩崎徳治(以下、被告岩崎という)及び被告甲斐隆敏(以下、甲斐という)は共謀のうえ、原告代表者丹羽隆を欺罔し、真実はそうでないのに、右両名が不燃ペイント、不燃バインダー及び超耐熱セラミックス塗料に関する完成した新規なノウ・ハウを現に所有しており、そのほか今後の研究開発により完成すべき有望な未完成研究も多数あり右ノウ・ハウは後記の技術的効果を有し、かつ直ちに商品化しうるものであって、しかも原料の地山についても未完成研究につき技術関係の最高級の人材についてもこれを確保できるものと誤信せしめ、昭和四八年一〇月五日右ノウ・ハウに関する実施契約を原告との間に締結し、その頭金名下に、総額金一億円を騙取したものである。

なお、右にいう商品化し得るとは、当該ノウ・ハウを実施した製品が、市場においてその目的に適合した商品として通常の流通過程を通して販売され得るものであることをいい、そのためには当該商品として要求される最低限度の性質を具備することを要することになる。

(1) すなわち被告岩崎及び同甲斐は、同人らの関係する会社の負債整理等に充てる目的で、原告から多額の金員を騙取しようと企図していたものであって、現に原告が右被告らに交付した金一億円は、前記ノウ・ハウ実施のための原料となる地山の買収及び未完成研究に対する技術関係の人材確保のために同人らに交付されたものであるにもかかわらず、同人らは、前記関係会社の負債の返済や運転資金あるいは、後記の土地建物購入等に充てているのである。

(2) 被告岩崎及び同甲斐は、訴外徳永彦の紹介で、昭和四八年八月四日帝国ホテルで原告代表者丹羽隆と会い、不燃バインダー(「ミキロンNo.3不燃成型用バインダー」「ベニヤ板張合不燃バインダー」がこれに相当する)、不燃ペイント(「RF一〇〇〇」がこれに相当する)、超耐熱セラミックス塗料(「Si一〇〇〇」「Si二五〇〇」「So七〇〇」がこれに相当する)に関し、こもごも不燃バインダーは、ベニヤ板張合せ用又はパーティクルボード成型用接着剤として使用することにより通常では燃えるべき当該木板自体を不燃性のものにすることができ、不燃ペイントは、綿や紙に塗布すれば、全く燃えなくなるものであり、また超耐熱セラミックス塗料は鉄に塗布すれば表面がセラミック状になり摂氏二〇〇〇度以上の超高熱に耐えることができるものであり、いずれも無機物から成るもので熱せられても煙や有毒ガスを発生しない画期的なものであり、且つこれらの技術は直ちに商品化しうるものである旨申し述べ、また、右技術に関しては他の企業からも引合があるとも言い、右丹羽をして、本件ノウ・ハウは画期的な技術的効果を有する極めてすぐれたものであり、且つ直ちに商品化し得るものであって、すぐにでも手を打たなければ他の企業に先手をとられる惧れもあると信ぜしめ、同月一五日には被告甲斐が原告会社を訪れ右丹羽に対し、本件ノウ・ハウの実施契約締結を促し、契約条件として、東大教授等を技術顧問に迎えて耐熱関係の研究スタッフを完備し、原料となる原石の地山を買収してこれを確保し、研究機器を整備するために最低三億円必要であるが、まず、長野県の和田山にある地山の買収に二〇〇〇万円は直ちに必要であり、八〇〇〇万円は、右技術顧問を迎えるのに必要なので同年九月から一〇月にかけて支払うよう申し向け、右丹羽をして、本件ノウ・ハウの実施契約締結を決意せしめた。

(3) その後も、原告と被告岩崎及び同甲斐は何度か今後の開発計画、技術関係者の確保、地山の調査等について打合せを行ない、昭和四八年一〇月五日、本件ノウ・ハウの実施契約を締結した。

(4) 原告は、前記の経緯に基づき、被告岩崎及び同甲斐に対し、次のとおり金一億円を交付した。

(ⅰ) 昭和四八年八月一六日三菱銀行東長崎支店の株式会社ミキロン名義の当座預金口座に金二〇〇〇万円送金

(ⅱ) 同年九月一〇日同口座に金五五〇〇万円送金

(ⅲ) 前記契約締結時である同年一〇月五日被告岩崎の自宅で金二五〇〇万円交付

以上のように三回に亘り、合計金一億円を交付したが、これは本件ノウ・ハウ実施契約上は保証金とされた。

(5) ところが、本件ノウ・ハウはいずれも前記の技術的効果を有しないか又は他の欠陥により直ちに商品化し得るものではなかった(例えば、不燃バインダーは不燃性がないばかりか接着力もなく、不燃ペイントは保存性に欠け商品としては無価値のものであった)。また、被告岩崎及び同甲斐には、真に原料の地山を買収する意思も、技術顧問を迎える意思もなかったものである。

(6) 以上のように原告は、被告岩崎及び同甲斐に、本件ノウ・ハウ実施契約に基づく保証金名下に金一億円を騙取されたものである。

(二) 錯誤による無効

被告岩崎及び同甲斐に原告を欺罔する意思がなかったとしても、本件実施契約締結に先だち、右両名は本件ノウ・ハウにかかる前記不燃バインダー、不燃ペイント及び超耐熱セラミックス塗料がそれぞれ前記の技術的効果を有し、かつ直ちに商品化し得るものである旨を申し述べ、原告においても右言を信じ、これを前提として本件実施契約を締結したものであるから、右不燃バインダー、不燃ペイント及び超耐熱セラミックス塗料が前記のごとく、被告両名の言に反してそこにいう技術的効果を有せず又は直ちに商品化し得るものでない以上、原告による本件実施契約締結の意思表示は、その重要な部分において錯誤があり無効というべきで、仮りにこれが動機の錯誤であるとしても本件にあってはそれが表示されていたものである。

2  被告有限会社岩崎耐熱化学研究所に対する請求

被告会社の不当利得

(一) 被告岩崎は、前記のとおり原告から受領した金員のうち金四〇〇〇万円を支出して土地・建物(東京都世田谷区桜二丁目六九五番一三所在)を購入し、これらを昭和四八年一一月一八日付をもって被告会社を設立すると同時にこれに所有せしめ、その旨の登記を了した。

(二) 一般に騙取又は不当に利得した金銭で第三者の利益をはかった場合、その利益を受けた者が騙取又は不当に利得した金銭であることについて悪意又は重過失である場合には、不当利得の関係では当該受益行為は法律上有効なものとはならず法律上の原因を欠き、したがってその者は被騙取者又は損失者に対してその返還義務を負うと解するのが不当利得制度の趣旨に適すると考えられる。

(三) 本件にあっては、被告会社は被告岩崎の個人会社とも言うべきもので、同人がその代表取締役となり、本店を同人の住所地に置き、実際の事業活動をしていない状態にあり、したがって、被告会社は右金四〇〇〇万円が原告から騙取又は不当に利得されたものであることについて悪意であると言うことができ、よって原告の損失において法律上の原因なくして利得した悪意の受益者として原告に対し、不当利得の返還義務を負うというべきである。

よって、原告は、被告岩崎、同甲斐に対し、不法行為又は不当利得を理由として各自金六〇〇〇万円(被告会社が不当に利得した金四〇〇〇万円を控除した額)及びこれに対する不法行為又は不当利得した日より後であることが明らかな昭和四八年一二月一日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを、被告会社に対しては不当利得を理由として金四〇〇〇万円及びこれに対する不当利得した日より後であることが明らかな昭和四八年一二月一日から支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いをそれぞれ求める。

二  請求原因に対する被告らの認否等

1  請求原因第1項(一)前文中、実施契約締結及び金一億円の受領(騙取ではない)の点は認めるが、その余の事実は否認する。

2  請求原因第1項(一)(1)は争う。

3  請求原因第1項(一)(2)のうち、被告岩崎及び同甲斐、並びに被告甲斐が、原告代表者と、原告主張の日時、場所においてそれぞれ会ったことは認めるが、その余の事実については争う。

被告岩崎及び同甲斐は、原告代表者と、昭和四八年八月四日以降、何度も交渉を重ねたが、前記三種類のノウ・ハウについて全部が直ちに商品化し得るなどと言ったことはなく、後記のとおり、右ノウ・ハウの現に有する技術的効果をありのままに申し述べたに過ぎない。

4  請求原因第1項(一)(3)、(4)は認める。

5  請求原因第1項(一)(5)は争う。

本件実施契約の対象となった前記三種類のノウ・ハウはそれぞれ次のような技術的効果を有し、被告岩崎及び同甲斐は、原告代表者に対し、それをありのままに申し述べたのである。

すなわち、不燃バインダー、ミキロンNo.3不燃成型用バインダーはバインダーとしての性能を十分に有しており、おがくず、もみがら、及びチップの素材に対しては直ちに製品化は可能であったが、部屋の間仕切りの場合は鉄筋を入れるなど用途によって、商品化の場合にはさらに研究の必要はあった。同じく不燃バインダー、ベニヤ板張合不燃バインダーは、直ちに商品化が可能であったが、ここでいう不燃というのは難燃の意味であり、右バインダーを使用して製作した製品は難燃材料としての効果を有するものではあるが、全く燃えないという意味ではない。また、不燃ペイントRF一〇〇〇は直ちに商品化が可能であったが、実用品として商品化するには膨大な生産設備を新設する必要があった。さらに、超耐熱セラミックス塗料、Si一〇〇〇、Si二五〇〇、So七〇〇はいずれも完成されたものではあるが、使用対象、用途などにより使用法が異なるので、対象次第では直ちに商品化し得るものもあり、また商品化するには莫大な費用を要する研究が必要なものもあった。

また、被告岩崎及び同甲斐は、原料の地山の買収及び技術顧問を迎える準備を進め、被告甲斐において、長野県の和田山にある原料の地山について、予め採掘権者と交渉し、採掘認可がおりれば買収できることになっていたのであり、技術顧問についても、具体的な人選の話にまで、事を進めていたのであって、同人らに原料の地山買収の意思も、技術顧問を迎える意思も存在しなかったとは言えない。

6  請求原因第1項(一)(6)は争う。

7  請求原因第1項(二)は争う。

8  請求原因第2項は争う。

なお、被告会社が昭和四八年一一月一八日設立されたこと、及び原告主張の土地・建物を所有していることは認める。

第三証拠《省略》

理由

一  当事者間に争いのない事実

被告岩崎及び同甲斐が昭和四八年八月四日原告代表者丹羽隆と会い、本件不燃バインダー、不燃ペイント及び超耐熱セラミックス塗料のノウ・ハウに関する実施契約締結の交渉を始めたこと、同月一五日、被告甲斐が原告代表者丹羽隆と会ったこと、同年一〇月五日、被告岩崎及び同甲斐と原告との間で本件ノウ・ハウに関する実施契約が締結されたこと、被告岩崎及び同甲斐は原告から、同年八月一六日金二〇〇〇万円、同年九月一〇日金五五〇〇万円、右契約締結時に金二五〇〇万円をそれぞれ受領したこと、被告会社が同年一一月一八日設立され、原告主張の土地建物を所有していることについては、当事者間に争いがない。

二  本件ノウ・ハウ実施契約締結に至る経緯等前記争いのない事実、《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認定でき、被告岩崎及び同甲斐各本人の供述中右認定に反する部分は信用しがたく、他にこれを覆えすに足りる証拠は存しない。

原告会社は、プラスチックの加工品を製造していたものであるが、昭和四八年当時プラスチック等の有機化学関係の将来性に不安感を持っていたところ、同年五月ころから原告会社に取引の関係で出入りしていた訴外徳永彦が、自分の知人で無機化学の研究をしている人間がいて、鉄を何千度にも耐えうるようにしたり、木材及び布に塗布すると燃えなくなるようなペイントを発明している旨被告岩崎の話を原告代表者にしたので、原告代表者は無機化学関係には素人であったが非常に興味を持ち、同年八月四日、帝国ホテルで、被告岩崎、同甲斐と会って話をしたところ、同人らは、被告岩崎において完成したノウ・ハウが六〇数種、開発途上のものが三〇数種あり徐々に完成していくつもりであるが、そのうち、布や紙に塗布すれば、全然燃えなくなる不燃ペイントでクリーニングを五、六回しても効果がなくならないものや、それでパーティクルボードを成型すると全然燃えなくなる不燃バインダー、また、鉄に塗布すればそれが摂氏二〇〇〇度まで耐えうるような超高温耐熱塗料が、いずれも無機物から成るもので完成しており、直ちに実施が可能で、昭和電工等の会社からもそれらについて引き合いがきており実施契約可能な状態である旨、原告代表者に説明し、原告代表者は、非常に乗気になったので同月一一日、被告岩崎及び同甲斐が関係する株式会社ミキロンの鶴見にある工場に行き同人らと会ったところ、同人らは、前回と同趣旨の説明をしたうえ、不燃ペイントであるミキロンRF一〇〇〇に関するリーフレット(甲第五号証)、及び被告岩崎が五、六年前に作ったという、おが屑を不燃接着剤で固め表面に不燃塗料を塗布したもの、もみ殻を不燃接着剤で固めたもの、及び葦を不燃接着剤で固めたものの三個のサンプルを手渡し、右サンプルは数年前のもので現在はもっとよいものが出来ており完全に不燃である旨言い添え、原告との間で実施契約締結の方向で話合いを進めることになったが、前記八月四日以前に前記徳永を介して超高温耐熱塗料に関する株式会社ミキロン作成の「STC説明書」(甲第六号証)の交付も受けていた原告代表者は、右不燃バインダー、不燃ペイント及び超高温耐熱塗料についていずれも完成しているもので、直ちに実施可能であるとの被告岩崎及び同甲斐の説明を信頼し、そのノウ・ハウを取得する決意を固め以後同人らと交渉することになったが、同月一五日、被告甲斐が原告会社を訪れ、前記三種類のノウ・ハウの実施契約のための金額交渉をはじめ、それらの実施料として約三パーセントを原告会社が被告岩崎及び同甲斐に支払うこととするが、右ノウ・ハウの実施のためにその原料となる地山が長野県の和田山にあってその買収及び未完成研究開発のための研究スタッフの完備等の費用として三億円が必要で、とりあえず一億円交付してくれれば直ちに製造にかかる旨申し述べ、原告は同月一六日、右地山の確保に必要ということで金二〇〇〇万円、同年九月一〇日に金五五〇〇万円をそれぞれ指定の方法で支払い、被告岩崎及び同甲斐も、前記製品製造のために、前記鶴見の工場から原告会社の東京工場に機械設備等を運び込み製造の準備を進めていたものであるところ、原告会社は、同年九月ころ被告甲斐から前記不燃ペイント(RF一〇〇〇)が海事協会で不燃塗料として使用してくれることにほぼ決定したとして不燃塗料承認申込書(甲第七号証)の写しの交付を受け、同年一〇月一日には、被告岩崎から交付を受けていた前記不燃バインダーを使用した三個のサンプルの岩倉組での試験結果が一応難燃であると出たことを確認のうえ同月五日被告岩崎及び同甲斐と前記三種類のノウ・ハウ実施契約を締結すると同時に同人らに金二五〇〇万円を交付し、既払分金七五〇〇万円と合計して金一億円は、右契約上は、保証金三億円の内金一億円とされ、右契約終了後は返還されることとなっていたが、右契約締結の数日後、被告甲斐が覚書と題する書面(甲第二号証)を原告代表者に持参し、右保証金は、いかなる場合にも返還しない旨合意し、その後同月末ころ、原告代表者は被告岩崎から、前記契約対象物件に関するノウ・ハウの開示を受けた(甲第三号証の仕様書及び甲第四号証の品別ナンバー表の交付を受けた)。

三  本件実施契約の内容

前記甲第一号証の契約書には、その対象物件が明示されていないが、対象物件に、不燃バインダー(ミキロンNo.3不燃成型用バインダー、ベニヤ板張合不燃バインダー)、不燃ベイント(RF一〇〇〇)、及び超高温耐熱塗料(Si一〇〇〇、Si二五〇〇、So七〇〇)が含まれることについては争いがなく、また前記二記載の経緯を考慮すれば、右三種の製品について、それが後記の効果を有する完成したもので、かつ直ちに商品化しうるものとして、そのノウ・ハウの取得が専ら右契約の中心であったと考えるのが相当であり、しかしてそれらの有する技術的効果は、不燃バインダーについては、ベニヤ板張合用又はパーティクルボード成型用接着剤として使用することにより、当該木板自体を不燃にすることが可能で、無機物から成るものであるので熱せられても有毒なガスを発生することもないとうものであり、不燃ペイントRF一〇〇〇については、火災時に有毒ガスを発生せず不燃、無臭、無煙で、光化学スモッグの原因とならず、金属面に塗布し、摂氏一〇〇〇度の高熱を加え、鉄が真赤になった状態で冷水に突込みジュッと湯しぶきを立てる実験でも剥離せず密着性良好で、防錆塗料となっているので、下地に防錆塗料の塗布の必要がなく、金属類、木質類、コンクリート、石綿板、各種のボード等すべての基材に塗布でき、車輛、船舶、航空機等の内外装用、高層建造物の内外装用及び窓枠、ボイラー室、調理室等に最適で、水溶性であるので、作業が極めて簡単で一般家庭でも誰でも楽に塗ることができる等の特性をもっているというものであり、また超高温耐熱塗料はいずれも無機物から成り有毒ガスを発生せず、鉄に塗布すれば表面がセラミック状となり摂氏二〇〇〇度以上の超高温に耐えることができる(証人徳永彦の証言、原告代表者尋問の結果)のであり、Si二五〇〇については、水冷式キューポラ内面ステンレス鋼及び普通鋼板の外特殊鋼で摂氏二五〇〇度ないし三〇〇〇度の耐熱性を必要とするものに塗布することによって、その酸化を完全に防止することができ、従来酸化防止用に使用していた煉瓦が不要になり、Si一〇〇〇については特殊耐熱鋼、電極、バーナー口等の酸化防止及び摂氏二〇〇〇度ないし二五〇〇度の耐熱性を必要とするものに塗布することにより、その表面をセラミックさせることになり、右高温に耐え、かつ酸化を防止することができ、So七〇〇については、キューポラ普通鋼板、金属器物、バーナー口、台車等(温度差摂氏一二〇〇度ないし一三〇〇度の際に使用するもので、キューポラ内上部に使用してもよい)に塗布することにより、右Si一〇〇〇と同程度の効果を有するうえ、水性であり使用が簡単で作業性が良いので大量に使用する際又は広範囲な塗布面に便利であるという特性を持っているというものであった。

ところで、原告から被告岩崎及び同甲斐に前記のとおり金一億円が支払われたことについては争いがないが、本件契約締結前に合計金七五〇〇万円が支払われ、その契機となったのが、前記三種類のノウ・ハウ実施のための原料となる地山の買収及び未完成研究のため技術顧問団を迎えて耐熱関係の研究スタッフを完備するとのことであり、また本件契約上、保証金という名目にはなっているが、前記のごとく、本件契約後数日して、契約当事者間で右金員の不返還の合意をしていること、本件契約は専ら前記三種類の製品のノウ・ハウの取得が目的であったこと等からすれば、実質的には右ノウ・ハウ取得の対価と解するのが相当である。

四  前記三種類の製品の技術的効果等

1  不燃バインダー

鑑定人岡樹生による昭和五一年一月七日付鑑定結果、証人岡樹生の証言によれば、鑑定対象であるベニヤ板張合不燃バインダー及びミキロンNo.3不燃成型用バインダーはいずれも被告岩崎により、前記甲第三号証記載の組成と配合に従って製造され、これを足立ベニヤ株式会社に搬入し、これらを用いて試料(ベニヤ及びパーティクルボード)を製造せしめたものであるが、ベニヤ板については難燃材料以下の防火性能しか有せず、これを建築用内装材料として使用すれば火災時の安全な避難に大きな支障を起こすことになると判断され、摂氏七〇度の温水浸せき二時間で単板と心板が完全に剥離し、耐水性に著しく乏しくまた接着剤の組成から見ても耐水性は期待できないとも判断されているのであり、接着力についても浸水処理をしない常態においてさえ、試料四体のうち二体は日本農材規格では不適格であった。また、パーティクルボードについては、《証拠省略》によれば、一般に工場生産において使用されている方法及び被告岩崎が特に指示した方法によりそれぞれパーティクルボードを製造したが、いずれの方法によってもパーチィクルボードの材料たるチップが板状に成型されず鑑定が不能となった。

ところで、鑑定人岡樹生の昭和五一年一一月一六日付鑑定結果によれば、ベニヤ板張合不燃バインダーを塗布した石綿板は、表面試験のみでは不燃材料としての性能を有すると判断されているが、これはあくまでも石綿板が試料となっているものであって、当該バインダーを合板の接着剤として用いた場合、当該合板を不燃のものにすることができるかという観点からなされた前記鑑定結果に影響を与えるものでなく、またミキロンNo.3不燃成型用バインダーを用いて製造したパーチィクルボードについては難燃材料としての性能を有すると判断されているが、右鑑定の試料は、証人岡樹生の証言によると、いわゆる市場に出ているパーチィクルボードとは大分違った材料であり、破損しないように運搬に相当な注意を払ったといった製品であり、果して《証拠省略》にいう通常のパーチィクルボードであったのか、また、通常の工場生産による方法で作り出されたものであるのか不明である。

また、《証拠省略》によれば、神奈川工業試験所長名義でミキロンNo.3不燃成型用バインダーを用いたおが屑ボード及びもみ殻ボードがいずれも難燃二級と判断されているが、これについても鑑定対象の試料が、誰によって、どのような方法で作成されたか不明であり、専ら耐熱試験のみしか行なわれていない。

2  不燃ペイント

鑑定人斉藤治一の昭和五〇年七月一二日付鑑定結果によれば、RF一〇〇〇(昭和五〇年四月一一日製造)は不燃材料であり一か月及び二か月の保存性はあるが、三か月で塗料の揺変性が現われ、塗装作業性がやや悪くなるとされているが、原告代表者尋問の結果によれば、被告岩崎が昭和四八年一一月末ころ原告会社の工場で作った不燃ペイントは、一週間くらいの経過によってゲル化していて塗料として使用できないような状態であった事実が存在し、《証拠省略》によれば、本件RF一〇〇〇はそもそも組成的にみても固化の可能性が認められるものであり、右鑑定が、本件ペイントを摂氏二〇度で容器内に貯蔵した場合という条件下で行なわれていることをも考え合わせると、本件ペイントが商品として市販されるに耐えるだけの保存性を有するかどうか疑問とならざるを得ず、また《証拠省略》によれば、RF一〇〇〇は、加熱急冷試験(摂氏一〇〇〇度で一〇秒間加熱した後、直ちに摂氏一五度の水に浸せきする試験)の結果、われはがれが認められ、冷間圧延鋼板を使用した耐屈曲性試験の結果、直径八ミリメートルの屈曲でわれが認められ、浸せき時間一〇日間の耐塩水性試験及び促進耐候試験の結果、錆の発生が認められ、塗膜付着性は不良で、コンクリート、石綿スレート板におけるはけ塗り作業性も不良であることが認められるなど、前記三記載のRF一〇〇〇の特性を具備していないと認めることができる。

ところで、《証拠省略》によれば、RF一〇〇〇は難燃一級であると判断されてはいるが、商品として製造販売する場合の重要な要素である保存性については何ら触れられておらず、また耐水性・耐候性等の点についても判断されていない。

3  超高温耐熱塗料

《証拠省略》によれば、被告岩崎が昭和四八年一二月中旬作った超耐熱セラミック塗料(So七〇〇及びSo八〇〇)をトヨタ自動車工業株式会社でチストした結果、So七〇〇、So八〇〇を軟鋼上に塗布したサンプルは摂氏九〇〇度ないし一〇〇〇度の電気管状炉に数十分保持し取り出したところ剥離クラックを生じ、摂氏一二〇〇度ないし一三〇〇度で長時間、例えば二〇〇ないし六〇〇時間の大気中での耐久性は不可能と思われるとのことであったのであり、《証拠省略》によれば、Si一〇〇〇は、酸素切断試験の結果、塗布の効果はほとんどないといってよく、Si一〇〇〇及びSo七〇〇についての熱サイクル試験(摂氏一〇〇〇度で五分間加熱し、摂氏二〇度で一時間放置するという工程を一サイクルとし、これを繰り返し、切断するまでのサイクル数を求める試験)の結果は、Si一〇〇〇は二回、So七〇〇は八回で切断され、また前記斉藤治一の鑑定結果によっても、So七〇〇は不燃材料の基準に合格する程度の不燃性を有し、Si一〇〇〇は摂氏一〇〇〇度六〇秒間の加熱で燃焼するが鋼板の酸化に基づく黒皮の発生を制御する効果があるとされている程度で、それらが摂氏二〇〇〇度の超高温に耐え得るかどうか不明といわざるをえず、《証拠省略》によればSi一〇〇〇はその組成上、摂氏二〇〇〇度に耐えないと推認されるのであり、また《証拠省略》によれば、はけ塗り作業性は、Si一〇〇〇においては良好であるが、So七〇〇においては不良で、耐屈曲性試験では、いずれも直径一〇ミリメートルでわれが認められたというのである。

4  以上が、本件実施契約の対象となった製品(超耐熱セラミックス塗料Si二五〇〇は除く)の技術的効果等であるが、前記三記載の内容とは一致せず、またその不一致は右本件契約内容からして重要な部分に関するものと解されるのである。

なお、Si二五〇〇が、前記三記載の内容どおりの技術的効果を有する等のものであったとしても、本件実施契約においては、本件対象物件全体をひとつのものとして考えるのが相当であり、そうであれば、Si二五〇〇のみでは、右契約の目的は達成され難いといわざるをえない。

五  共同不法行為の成否

《証拠省略》を総合すれば、被告岩崎は昭和四三年ごろから自己の研究開発したノウ・ハウを製品化しようと企て、本件実施契約締結以前既に日本耐熱化工株式会社、三富熱学株式会社、昭和電工株式会社などと契約を締結したが、結果的にはいずれも製品化はできなかったものであり、しかもそれらにおいて製品化しようとしたノウ・ハウなるものは本件実施契約の対象となった前記各物件と同一もしくは、ほぼ同一の配合のものであったこと、他方、被告甲斐は前記三富熱学株式会社に出入して同社と被告岩崎の契約当時から同人に接近し、援助者的立場にあり且つ本件物件についての知識も有していたことが認められ、他に右認定を左右するに足りる資料はない。

右認定の事実に前記三及び四において明らかにした各事実とをあわせ考えると、被告岩崎、同甲斐にあっては本件実施契約締結当時において、本件ノウ・ハウなるものが少くとも前記三記載の効果をもったものとして直ちに商品化しえないものであることを知っていたと推認でき、これを覆えすに足りる充分な証拠はない。

他方、前記二記載の経緯に《証拠省略》をあわせ考えると、原告代表者は被告岩崎、同甲斐の説明にもとづき、少くとも不燃バインダー、不燃ペイント及び超高温耐熱塗料につき、いずれも前記三記載のような技術的効果を有する完成したもので直ちに商品化できると信じ、右被告らと本件実施契約の締結に踏み切り、合計金一億円に及ぶ巨額の対価を支払うにいたったものであることが認められ、他にこれに対する証拠はない。

以上の事実を総合すれば、被告岩崎、同甲斐はいずれも前記ノウ・ハウなるものが前記三記載の如き技術的効果がなく直ちに商品化しえないことを知りながら右の技術的効果があり直ちに商品化が可能であると説明し、原告代表者をして本件実施契約の締結に踏み切らせ、合計金一億円の支払を受けたものといわざるを得ないから、これは原告に対し共同不法行為を構成すると解するのが相当であり、したがって被告両名は原告に対し、その損害を賠償すべき義務があるといわねばならない。

ところで原告は被告両名に対し、各自、前記損害のうち金六〇〇〇万円とこれに対する不法行為の後である昭和四八年一二月一日以降完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求めているが、前叙の次第でその請求は正当として認容すべきである。

六  被告会社の不当利得の成否

被告会社が昭和四八年一一月一八日設立され、原告主張の土地建物を所有していることは当事者間に争いがなく、この事実に《証拠省略》を総合すると、被告岩崎は昭和四八年九月下旬に原告会社から受領した金員から金四〇〇〇万円以上を支出して原告主張の土地、建物を購入したが、自己名義の登記を経由せずして、同年一一月一八日付をもって被告会社を設立すると共に自ら代表取締役となって同社に右土地、建物の所有権を移転し、土地については同四九年一月一九日付売買を原因とする所有権移転登記を、建物については同年一月三一日付保存登記をそれぞれ被告会社のためなしたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

右事実に前記五記載の事実をあわせ考えると、被告岩崎は被告甲斐と共に原告会社から騙取した金員をもって被告会社の利益を計ったものであり、被告会社がその受益に際し悪意であったことは言うまでもないから、被告会社はその受益につき法律上の原因を欠き不当利得を構成すると解される。

したがって被告会社は悪意の受益者として、その受けたる利益(直接的には前記土地、建物の所有権といわねばならないが、原告はこれを金銭に評価してその中から金四〇〇〇万円の価格返還を求めている)及び受益の日の後で、原告の請求する昭和四八年一二月一日以降右利益に民事法定利率年五分の割合による利息を付して返還すべき義務がある。

七  以上の次第であるから、その余の点につき判断するまでもなく原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 麻上正信 裁判官 出口尚明 裁判官板垣範之は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 麻上正信)

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